もうかなり日が経ちましたが、最近のハロウィンってなんだかとてもすごいのですね。
なんでも、クリスマスに次ぐイベントになっているらしい(バレンタイン越え)と。
ということで、日本においてはイベントのガラパゴス化というか、そういったコト要素が独自の進化を遂げますよね。
私も若かったら絶対仮装して街に出ていたと断言します。
非日常を楽しむというか、普段を抑えているからイベントって盛り上がるんですよね。
で、今だったらクリスマスやお正月などの準備時期ですよね。
しかもブラックフライデーとやらも参戦しています。
街ではディスプレイが華やかになり、広告にはクリスマスギフトやケーキ類などのスペシャル感が満載。
この時期にしか手に入れることのできないレアアイテムを含めて盛り上がりますよね。
でも私、イベントがそれ程好きな訳でもないのです。
いや、今ではかなり苦手です。
そういえば…昔々、祖母が私に雛人形を買ってあげると言った時、私は「いらない!」と即答したらしいのです。
今思うと、当時は2歳上の兄の後をずっとついていく妹だったので、ロボットや戦隊モノなどの男の子らしいモノに興味津々で、お人形遊びなどしたことがなかった私ゆえの発言でした。
結構昔から歳時記が好きでない傾向が読み取れます。
でも、この選択は大正解だったと思います。
私の性格では、きっと雛人形の飾り付け・仕舞うの作業は無理、無理!
ということで、小さい頃の記憶をたどると…イベントの思い出をあまり覚えていません(汗)。
お誕生日会も人並みにしたし、クリスマスツリーも飾って、翌朝のプレゼントを心待ちにもしていました。
でも、大学生の頃まででしょうか、クリスマスにプレゼントをもらうことに喜びを感じていたのは。
その頃から、欲しいものは自分で買う派でした。
でも、入社したら今度は世の歳時記に敏感になることを求められ、オフィシャルな場面ではそれらをいかに盛り上げるのか(いわゆる「商戦」ですね)を、ない頭をひねって企画・実行していたものでした。
歳時記を活用して、購入モチベーションをあげるというマキシマムな提案をする私がだんだんミニマル志向になっていったという皮肉、です。
モノや情報が溢れてくると、だんだんそれらが雑音のように感じてくるんです。
私は、自分が体験してよかったと思えるものを売りたいとも(生意気ですが)思っていたので、精神的に疲労したんですね。
だんだんご褒美はエステやリラクゼーション、食べることなどの「消えもの」に費やすようになりました。
これらって歳時記と特に連動しないので、いわゆる「ハレ(非日常)」と「ケ(日常)」の差がなく、気づいたらやる・するというものにカテゴライズされます。
よって、エブリデーはまあまあスペシャルデーになっていったのです。
ちょっと言い過ぎの感もありますが、私としては非日常のスペシャルな分(余剰)を日常に分散させて、日常そのものを底上げしたいんです。
例えば、普段着る服だから着心地や質感の良いものを…とか、お気に入りのバッグをお出かけだけでなく普段使いする、とか。
自分にとって、「この日のためのとっておき」や「勝負ファッション」などの魔法はあまり必要じゃなく、普段が充実できる方が心が豊かになるのかな、と。
もちろん、他の方にそういった考えをおすすめするわけではありません。
とっておきの魔法が必要な時期は人生において確かにあります。
毎日頑張れるモチベーションになる「とっておきのスペシャルデー」は素敵なものです。
でも、それらをたくさん見た後の自分には、日々の暮らしの心地よさが何よりご褒美なんです。
なので、通常のスペシャルデーを100点・日常をその半分の50点とすれば、私は日常に70点欲しい(笑)。
ま、そういった考え方も変わるのかもしれませんが、何気ない毎日のありがたさが染み入る年齢になったのでした。