明らかに使わないのに、どうしても捨てられないものって誰にでもあると思います。
私の「捨てられないもの」は…全ては語れませんが、その中の二つを紹介します。
一つ目は父親からもらった札入れ。
海外旅行のお土産に、当時流行っていたルイ・ヴィトンのエピシリーズを買ってきてくれたうちの一つです。
私のために選んでくれたのはありがたいと思いましたが、正直小銭入れが付いていなくて使い勝手が悪く、当時から使いあぐねていました。
でも父は使っていないことを特に何も言わず。
ま、父娘が一緒にいて私が財布を出す場面がなかったので気にもしていなかったと思いますが。
今も残念なことに全く用途がない財布です。
しかし、20年ほど前に亡くなった父が私に「残してくれたもの」という意味でまだ持っています。
そういえば、兄はかなり長い間同じくお土産の二つ折り・小銭入れ付きのエピの財布を使っていました。
きょうだいでこの差って(笑)。
二つめは母親からもらったスカーフ。
こちらも祖母と一緒に行った海外旅行でのお土産です。
そもそも私と母はファッションもインテリアも好みが合わないのですが、母が選んだ濃いグリーンとピンクの色の組み合わせにがっかりしたのです。
で、私はそれを渡された時に「好きじゃない色と柄だ(趣味が悪い的な)」ということを言ったのだと思います。
その時母は私に何も言いませんでしたが、祖母は「あなたのために選んでくれたのに、ありがとうもないの?」と私を叱りました。
気に入る・気に入らないに関係なく、感謝の気持ちを持つこと。
身内だからと言ってそこを無視しないこと。
そういったことを祖母は私に言いたかったのだと思います。
私はそのスカーフを何とかコーディネートしようとしましたが、やはりテンションが上がりませんでした。
でも、母の思いを考えると処分できず現在に至ります。
実際、母はスカーフのことは覚えてないかもしれません(改めて聞くのはちょっと勇気がいります汗)。
普段はバンバン捨てられるのに、不思議な現象ですよね。
父のもの・祖母のものは母や私が少しずつ処分をしていって、今は数える程のものしか残っていません。
祖父・曽祖父母のものに至っては全く残っていません。
いつの間にか淘汰されているのです。
でも思い出は残っています。
もしかすると、上記の二つもいつか処分するのかもしれません。
現物がなくなっても気持ちは残る…でも、まだ捨てられないのです。
なので、無理に捨てなくても今は良いのだという結論です。
私も自分の使っているバッグなどをゆくゆくは姪っ子たちに譲ろうかと密かに思っていたりしますが、彼女たちに必要ないものを押し付けることにならないか?そういう気持ちになることの方が最近多いです。